どうしてぼくはこんなところに

冷静と情熱の間で彷徨う人のブログ

SNSの運用法を変えてガンガンミュートしてる話

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いや、ほんとタイトル通りガンガンミュートしてる。SNSへの考え方を完全に変えた。

今のぼくにはあんまり原理・原則を守ることに意味はないなと感じたからだ。

 ぼくはずっと、完全にTwitterの話だけれど、思想が偏らないようにいろんな考え方の人をフォローして世の中で起こっていることをバランスよく知ろうと努めてきた。

どんなことが今話題なのかとか、何が流行ろうとしているのかとか、いわゆるイノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる人たちをフォローしてその動向から自分もおこぼれに与ろうとしていたわけだ。この戦略というか考え方はほとんど変わっていない。

 

変わったのは、最近は友人・知人のフォロワーが増えたことだ。

友人・知人にフォローされてしまえばしないわけにはいかない。

悲しいのは彼ら彼女らが、ぼくと思想や趣向も異なれば運用方針も異なることだ。

 

ヘンな陰謀論リツイートしてたり、放射脳に賛同していたり…はっきり言って不快極まりない。

個人的にそういう考えを持っているのには構わないし、友人関係がそれによって壊れてしまうようなこともない。けれど、ぼくのTLという日常にそれらを垂れ流されるとしんどい。理解できないから。分かり合えると思っていないから。

 

けれど、それでも世の中にはいろんな考え方の人がいるとか、世論の動向を見ておく上で、そういう考え方の人が存在すること、どの程度それが信じられているのかを知っておくのは、自分と世の中のバランスを取る上で重要。別に自分が100%正しいなんてありえないわけだから。

 

というわけで、これは修行だと、世の中にはこんなふうに考える人がいるんだ(/多いんだ)と知るための手段として、その扉を閉ざさずにいた。

 

でも、それらの話って、ぼくの仕事には一切関係ないし、今後も関係することはないだろうと、いろんな考え方を知るには、だれか同じようにウォッチしてる人がいるだろうから、何か事が起こればそれらの人たちからの解説を待って読めば良いのではないかと思い至った。これまで数年間、それらの情報に接していて「よかったー」と思う瞬間がなかったというのもある。

SNSって感情のサービスなので、使い方をしっかり考えないと全然楽しくないと気づいた。自分が楽しいように好きに使えば良いのだからミュートは別に悪いことではないと思う。

それからは単純で、「日本クソ、海外サイコー!」の類のあまり的を得ていないアホな投稿者もTLに流れてきたらバンバンミュートしてる。いくらフォロワーが多かろうが関係ない。ぼくのターゲットではない。その投稿をぼくのTLに流すメリットが一切ない。

 

これ以上言うと、ダークサイドに落ちそうなんだけれど、最後に、国際結婚、国際恋愛系のアカウントもTLに流れてくるたびに片っ端からミュートしてる。外国人のパートナーがいる私、すごいでしょアピールに付き合う気はまったくないからだ。偏見でものをいわせてもらうけれど、そういう投稿してしまう人たちの視野は狭いので何ら参考にならない。

薄っぺらいしょうもない投稿してる、知り合いでもない人もリツイートで流れてきたらガンガンミュートしてる。そういうのぼくはTwitterに求めていない。ぼくの人生にもいらない。

  

「ぼくの人生にいらない」なんていうと、なんて冷たいやつだ、ひどいやつだって感じるけれど、ぼく今年29歳なんだけど、これくらいの歳になると、何者でもない人と知り合いたいと思わない。身も蓋もないけど、既に友達何人かいるし、しょうもない話聞くくらいだったら1人でNETFLIX観てた方がタメになるしおもしろい。

 

ぼくTwitterなんのためにやってるんだっけ?っていうのを突き詰めて、仕事でもなければ楽しくもないなら、なんで嫌な投稿をみないといけないんだ問題にぶち当たって、それはぼくになんの利益をもたらすのか?という問いに答えることができなかった。

 

ぼくは同様の理由で知人もミュートしてるけど、別にLINEとか Facebookで連絡取れるし、Twitterで眺める必要なんて全然ないと思ったからだ。

 

(※同様の運用方針でいる知人に多大な影響を受けました)