どうしてぼくはこんなところに

されば銘記せよ!人の命は短く、その住まう処は地の狭き片隅なり

母さん、ざんねんだけどぼくはド田舎の地元に戻る気はないよ

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 地方出身者の多くがそうであるように、年末ぼくも人がごった返す新幹線に乗って帰省した。

 

年に1回は実家に帰る。

ぼくが一人暮らしを始めたときに母と交わした約束。実際、年末年始しか実家で過ごしていないんだけど、おそらく、あと数年もしたら2年に1回とか、それ以上の頻度でしか実家に顔をださなくなるかもしれないなと感じている。

ぼくが実家に帰る理由は母が寂しがるからという受動的な理由に過ぎなくて、たぶん、今年はいつ帰ってくるのという連絡が母から来なければぼくは気が向いた時にしか実家に帰らなくなってしまうと思う。

冷たいやつだと思われていることはわかっている。

けれど、それが正直なところで、それはたぶん地元に思い入れが一切ないというのも相まっている。

別に嫌いというわけではないけれど、ぼくにとってはたまたま生まれ育った土地がそこだったというだけで、それ以上でもそれ以下もない。特に良い思い出があるわけでもないし、これといって魅力があるわけでもない廃れ行く過疎地である我が故郷にそれ以上の思いを抱くのは難しい。ましてや、将来実家に戻ってくるなんて。

こんな話をすると母は悲しがるけれど、少なくとも今はまだぼくは自分の世界を広げたいと思っている。

ぼくは今年もう28歳で、地元じゃなんだかんだで多くの人は結婚してたりして落ち着く時期のようなんだけど、ぼくとしてはまだ28歳で、新しいことするのにも遅すぎるわけじゃないと思っている。実際、新しいことはできていて自分の世界も可能性も広がっていて、人知れず一人どきどきしていたりする。

そろそろ落ち着きたいだなんて考えてもない。まして、田舎の土地持ちの家の長男に生まれてしまったがために、自分の人生に制約ができてそれをやすやすと受け入れるほど人間できていない。

だから、おそらく両親が生きている間に再びあの家でいっしょに住むなんてことはない。

それでも律儀に(年に1回ではあるけれど)帰っているのは、両親の残り時間を気にしているからだ。

ぼくの両親はともに50歳を過ぎていて、彼らの平均寿命からするとあと35年は生きるだろう。

年末に帰省して2泊するとして、年間ともに過ごす時間は3日。

×35をすると、単純計算でいっしょに過ごすことができる時間は3か月ほどしかない。

本当に数えるほどしか会えないのだ。小学校、中学校のときは毎日顔を合わせていたのに。*1

だからといって、もっと帰省回数を増やすかというとそうでもない。

帰省はぼくの中で親孝行の一環として自分の人生の一部を捧げているととらえている。けれど、もちろんぼくも自分の人生を生きているわけで、ぼくも幸せになりたい。

ぼくの幸せというのは自由な時間を増やすこと。

帰省する時間は両親のためのニュアンスが強く自分の自由度は低い。

彼らの幸せとぼく個人のの幸せは正確に重なっているわけではないのだ。悲しいけどね。

けれど、究極的にはぼくの幸せは彼らの幸せでもある。だからぼくが幸せそうにしていることがなにより大事だったりする。

要はバランスが大事なわけでその兼ね合いというか落としどころを互いに探っている状態がここ数年続いている。

 

 

 

そんな中今年、正確には2017年、我が家に大きな変化が起きた。 

祖母が老人ホームに入居したのだ。

これにより、実家は父と母の2人になってしまった。

いまの家はもう亡くなってしまった祖父が建てたもので、当時は祖父母、両親、ぼく、妹の6人家族。

各々に個室があり、客室、応接室なんかもある典型的な田舎の家。

祖母が家にいたときは、家の実権はまだ祖母にあり、なんでも大事に取っておくタイプだったので物がたくさんあった。

それが、祖母の老人ホームに入居に伴い、実権がほぼ100%母に移行。

もはや骨董品の類になってしまった年季の入ったマッサージチェアー、使われないわりにやたらとスペースをとっている謎の家具、いつか使うからと祖母が大事に取っていた化粧箱や紙袋などを処分して家がかなり広くなった。

去年帰省したときには実家に戻っていた妹も知らぬ間に京都に引っ越していて、両親2人じゃほんとうに持て余していて寂しい家になっていた。

飼っている2匹の犬もそろそろ危ない。ゴールデンレトリバーは14歳で、獣医さんからは「大型犬で15年も生きたというのは聞いたことがない」と余命宣告のようなことも受けている。実際、坂道は大丈夫だけれど階段は上がれないほど脚力は弱っている。コーギー高齢で目が不自由になってしまってすっかり元気がなくなってしまった。

 祖父が亡くなったときには感じなかった世代交代が一気にやってきたのかもしれない。

そして悲しいかな、両親の無意識の寂しさがそうさせるのか、ぼくは長男として、次期当主して家の仕事を覚えないといけないという圧力をかつてないほどに感じ始めている。

この土地は誰々に貸していて…という話から、金をせびりに来るやっかいな親戚には気を付けること云々、正月の神様の飾り付け…墓は…などなど実は毎年同じ話を聞いているのだけど今年は心なしか熱を帯びていた。

実家に戻るつもりなど万に一つ程度にしか考えていないのを知っているはずなのに。

 

妹にも彼氏ができて年末は旅行に行っていたり、変わることがないと思っていた実家に大きな変化が起きていてこれからどうなるのかと密かに楽しみだったりする。

 

 

*1:高校からは寮生活だった。