どうしてぼくはこんなところに

されば銘記せよ!人の命は短く、その住まう処は地の狭き片隅なり

営業という仕事は世間から軽んじられている!「なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?」

 

なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?

なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?

 

 人生の早い段階で営業の仕事を経験しておきたい。

そう感じたぼくはいまの会社に転職した。

 何事においても「売り込む」というスキルと経験は大事だと感じたからだ。

  AIで営業という仕事はなくなるだとか、ほんとうに良いものを作ってネットにアップしていれば早晩誰かが見つけてくれて、仕事も向こうから勝手にやってくる。だから営業はいらない、だとか言われることがあるけれど、それはごくごく一部の時代の先端にいる超優秀な人の話で、99%の人には当てはまらない。これからも営業は死なない。

たとえば、iPhoneを売るのなら、ただ新作を発表すれば客は勝手に買うだろうけど、みんなiPhoneを売って生活できるわけじゃない。それにみんながiPhoneを売っているのなら、今度は誰から買うかが問題になってきて、誰から買っても同じな分、わざわざ自分から買ってもらうための工夫が必要になる。わざわざ自分から買ってもらうためのなんらかの「売り込み」が必要だ。

あるいは、iPhoneだって初めから人気があったわけじゃない。それまではガラケーしか市場になかった。ガラケーでも十分便利なのにわざわざ新しいことを覚える必要があるものを買ってもらうには工夫が必要だ。キーパーソンを説得することに始まり、いろいろな人の協力を仰ぐ必要がある。「これはカッコイイ!未来的だ!」というイメージづくりにも売り込みは必要なのだ。

そういうことは実際に働いてみないとわからない。

かくいうぼくも学生時代は営業職なんて決してやるまいと思っていた。

営業職に対するイメージが、ペコペコするだとか接待でヨイショするという偏ったものしか持ち合わせていなかったからだ。

そして、そういう仕事は企業の歩兵として最前線で消耗戦(どぶ板営業とか)に投入されるんだろうから、体育会系で体力に自信のある人がやればよいと思っていて、意識だけは高い系だったぼくは、ぼくのようなインテリの文官のやる仕事じゃないなと思っていたし、少し下に見ていた。

そもそも人見知りのぼくにとっては日々知らない人に会い続けるのもそうだし、拒絶され続けることにも耐えきれないと思っていた。

それで、卒業後に単純に仕事を取ってくるやつ、需要を作るやつは凄いなとひしひしと感じるようになり、冒頭の、営業の仕事を経験して、勘所のようなものを掴みたいなと思ったのだ。

 

現在、ぼくはまだまだ営業職としての経験は多くはないけれど、ほんとに些細な差で日の目を見ないアイデアというのは山ほどある。あと、1か月早く提案していたら次世代iPhoneのパーツに採用されていただとか、担当者の変更で技術も違う方式のものを採用することにした、良い素材でぜひ採用したいけれど物性の微調整分の試作費用(数十万円程度)を負担できないので見送り…というのが多々ある。

こういうものを見聞きする度に、運の要素もあるけれど、契約や注文を取ってくる担当者の、掴んだら離さないグリップの強さだとか営業スキルに思いを馳せるのだ。

それは、カウンターパートとの信頼関係かもしれないし、提案力かもしれない。なにかしらのインセンティブをうまく与えているのかもしれない。

そこに学歴は関係ないし、営業は売り上げの数字で評価される。

本書によると、これを高学歴エリートは避けたがる。数字ではっきりと個人成果が明確になるのが怖いのだそうだ。そりゃそうだろう。高い金と時間をかけて手に入れた高学歴を日々拒絶される仕事に費やして精神を消耗するだなんて。それに自分より低学歴のやつより評価が低くなる可能性だってあるのだ。これは割に合わない。

それに、時には得意先から商品のクレームで怒鳴られることだってある。

これはぼくも経験があるのだけど、この時の担当者の役割は自社が悪い場合はサンドバックになることだ。相手にボロカスに言ってもらって相手にすっきりして冷静になってもらう。

うちは化学素材メーカーで、化学反応で素材を製造している以上、100%同じ品質のものを作れるわけじゃないので不良品はでる。それがはじかれず納品されてしまうことがあって、そうなると、相手の人もめんどくさい仕事が増えてしまう(2次加工の工程の組み直し、エンドユーザーへの納期変更…=エンドユーザーとの信頼にかかわる)ので怒るのだ。

これはもう理屈の問題じゃなくて感情の問題なのだ。

だから、相手に冷静になってもらうために感情を吐き出させる。

吐き出される方としてはたまったもんじゃないけれど、そう長い時間怒り続ける人はいない。数分程度の我慢だ。

この数分の我慢で年間何千万円の売り上げの維持できるのだから、かなり楽な仕事と考えることもできる。

ぼくはそう考えているし、あくまで製品に対して怒っていて、自分の人格を否定されているわけではない、と割り切っているので、クレーム処理も全然苦ではない。

こう考えることができないとすれば、ピュアっけが強すぎたり、プライドが高いとか異常に自己評価が高いからかもしれない。

本書は、お土産やの店主、美術商、保険のセールスなど営業の人たちにインタビューし、営業職とは、商売とは、人間の本質とは、ということに迫っていく。

ビジネス書というと著者1人の経験談を一方的に語った、果たしてこれは再現性があるのかね?と疑問を抱くようなただの自慢話が多いなかで、本書は一線を画すものだと思われる。

と、同時に仕事へ良い影響を与えるヒントも存分にあるだろうから、下手な自己啓発書を読むよりは断然おすすめ。

ぼくはこの本を読んで、素直に営業職はすごいなと思うようになった。