どうしてぼくはこんなところに

冷静と情熱の間で彷徨う人の雑記ブログ

金はないが時間はある人間はロクなことを考えない、それが良い!人間味に溢れているから

 

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)

 

 ぼくは常に笑える話に仕立て上げられたエッセイを求めている。若い時の苦労話だとか、とにかく金がない時代の話、青春時代の話、云々…。

ぼくがなぜそれらを好んでいるかというと、一見些細なことに見えることに対しても感情を爆発させる必死さが垣間見えるからだと思う。

 人間、学生時代が終わると社会にでて働かなければならない。大人な対応を求められる。協調性だとか、取り乱さない冷静さ、正確さ、効率的な云々…。

要するに、機械のように淡々と振舞い、働くことが求められるようになる。

そこに感情が入りこむ余地はほとんどない。営業とて、きまりきった、代わり映えのしない社交辞令のやりとりをし、淡々とこなす。あるいは、こなされてしまう。

そこで感情をむき出しにしてしまうのは、相手にこちらの手の内をみせてしまうようなもので避ける傾向にある。それほど、感情というのは相手に多くの情報を与えてしまうのだ。

これが日本社会、あるいは大半のサラリーマン生活というやつの実態だろうと思う。

さて、少し内容に入っていくと、本書は辺境作家、高野秀行*1が22歳から33歳までの11年間を過ごしたわずか3畳しかないおんぼろアパートでの悲喜こもごもをまとめたものだ。

3畳風呂なし、キッチン、トイレ共用。家賃1万2000円。

いやいやいつの時代の話だよと思うんだけれど、そう昔でもない。バブル崩壊後の90年初頭から2000年代にかけての話なのだ。そう、平成に入ってからの話だというから驚く。ぼく生まれてる。なんなら後半は自我が芽生えているし、いくらかの記憶はある。でも、そんな時代だったか、同じ時代を生きていたのかという気がする秘境感がある。故に興味深い。

時代から取り残されたようなところなんだけれど、そういう場所だからかクセの強い人が集う。人の電話に純粋な親切心からついつい電話にでてしまう司法試験浪人の青年、毎日寸分違わぬタイムスケジュールで臭い飯をつくり、全力で自転車でかけていく初老のおじさん、なぜかトイレに髪の毛を巻き付ける人、人生に迷った早稲田大学探検部時代の先輩後輩。

新米を盗んでばれないように古米に変えやがった!というわけのわからないいちゃもんで喧嘩が始まったり、3畳一間という狭さ故なのか、寝がえりの音がうるさいという理不尽なクレーム。

大家さんも大家さんで、入居者に対して寛容で部屋を留守にする間友人や友人の友人(つまりは他人)が勝手に住んでいたりしても、数ヶ月の家賃の滞納していたとしても追い出しはしない。

訳が分からなくて、良い意味でいい加減で、少なくとも今どきちょっとありえない。

でも、それが良い。極めて動物的というか自分の欲望に忠実というのか、幼さとは違うのだけれど、人間味がある。なんだか嬉しくなってしまう。こいつらばかだなー、でも楽しそうだなー、人生をセーブしてないなーって。もちろん、自分の身近にいては大変だけれど。 

それに、著者も含めて悲壮感がない。ほんとは冷静に置かれた状況を見れば結構笑えないのがいくつかあるんだけれど、良くも悪くも執着がないというのか、あっさりしている。

書く仕事をしているのにもかかわらず、一時的にであっても視覚障害で文字が読めない状況になっても、「仕方ない、音楽で食っていくか」みたいな考え方にスムーズに移行できるのが、いかにも探検部らしいというかバックパッカーらしい。なくなってしまったもののことをいつまでも考えても仕方ない、なしで生きていくにはどうすればいいだろう、みたいな。たぶんポジティブな考え方とは違う、前を向いた考え方に感動と少し共感した。

さっき、執着がないと書いたけれど、そんな著者が無意識に執着していたのは、その激安おんぼろアパートなわけで、11年を過ごしたということは、過去形なわけで、もうそこを去っているわけで、卒業する日がやってきたわけで、そのころになると住人もだいぶ入れ替わってて、大家さんも歳を取って出会った頃より元気がなくなってしまっているわけで、夢を追いかける青春とは異なる青春にも終わりが来るのだと、残りページを気にしながら、著者の関心がアパートとその中のことから外のことに奪われていく様を見ることになって、少し寂しい。

脈絡なく書きなぐってしまったけれど、

遅すぎた初恋の章はかなり良いから、ここまで全然興味ない人にもこの章だけは読んでほしい。テラスハウスとかあいのりみたいな派手さはないけれど、地味な男の一世一代の恋なのだ。気恥ずかしさと一歩踏み出す勇気を、臨場感をもってのぞき見る機会というのはそうそうないことだと思う。

終わり良ければ総て良しではないけれど、最後に恋を持ってくるあたり、22歳から33歳という青春か?という時代であっても、当人にとっては青春だったのだろうと思う。

人生に対して良い解釈をしているなあと、少しばかり羨ましさを覚えた。

 

*1:クレイジージャーニーで有名。番組出演前は名前は知っていたけれど、キワモノだと思っていた。いまでもそう思っているけれど…番組を見て一気に興味を持った次第。