どうしてぼくはこんなところに

されば銘記せよ!人の命は短く、その住まう処は地の狭き片隅なり

誰にも頼らない自立はかっこいいね、ところで誰かポール・オースターを知らない?

 20歳そこそこの頃、ぼくはとにかく早く自立したかった。

自立という意味厳格に、誰にも頼らず自分の力だけで人生を切り開いていきたかった。

20歳そこそこの頃、ぼくはなんだって1人できると思っていた。

 ちょうどその頃、ノマドワークという言葉が流行った。パソコン1台とWi-Fi、電源があれば場所を選ばずどこでだって仕事ができる、とかいうやつだ。

ミーハーなぼくはその波に乗っかった。

独学で覚えたWebデザインと執筆で、Webデザイナー兼ライターになった。

ネットで募集してる仕事に応募し、納期、ギャラ等の交渉を経て仕事を取っていた。

やり取りはほぼメール、稀に電話。

クライアントのオフィスに行くこともなければ、担当者の顔も知らない。

この頃からシェアハウスに住み始めたわけだけど、理由は声を発する機会が欲しかったというのが8割りだ。

納期さえ守れば誰にも管理されないから、昼過ぎに起きてきて寝癖そのままに仕事して、ヒゲも剃らず…みたいなだらけきった生活をしていて、淡々と黙々とラップトップをパチパチやってたまにモゴモゴ独り言を発するか発してないかの微妙な声量の音?いや呼吸?みたいなのが漏れるだけで、誰かと会話をしない日や、一日中引きこもって文字通り誰とも会わない日もあった。

かといって、基本的に自分の名前の出ない下請けばかりやっていたから仕事の上でのレピュテーションが上がっているという実感もなく(実際上がっていない)、ただ淡々と日々を生きていた。

たしかに、納期を守るのと生活費である日銭を稼ぐということはしなくてはならなかったけれど、その2つさえ守ればどこにでも行けたし、なんだってできた。観光地に住んでたから、遠方よりやってくる友だちをよく案内した。

 どこかの企業のブランドを背負って生きているわけでもなく、誰に頼るでもなく、自分の力で稼いだお金で生活していた。思い描いていた自立は形式上完成していた。けれど、思い描いていたのは本当にこういうことだったかという引っ掛かりがずっとあった。

そんな時に、ぼくはたまたまポール・オースターの本を手に取った。

ガラスの街 (新潮文庫)

ガラスの街 (新潮文庫)

 

そもそもの始まりは間違い電話だった。

そして舞台はニューヨーク。

このお洒落な書き出しと設定から始まる物語のあらすじはこうだ。

 ・・・

ミステリー作家のクインのもとに、ポール・オースターという私立探偵への依頼の電話がかかってくる。間違い電話だ。同じ間違い電話が何度もかかってきて、結局クインはポール・オースターとして依頼を受けることにする。

依頼内容は、とある元教授の監視。クインは毎日ニューヨークの街なかでその元教授を尾行し、詳細にメモを取る。しばらく続けている内に、なにやや陰謀めいたものが浮かび上がってくる。

ニューヨーク、探偵、謎。

甘美な事件の匂いがぷんぷんするが、誰かが死んだり、物が盗まれたり、時代を変えるような出来事が起こるわけでもない。もっというと事件も起こらない。

この小説の語り手は、クインの取った大量のメモを見つけた人物が構成して執筆した、というわけ(設定)なんだけど、肝心のクインはどこにもいない。

語り手もクインなる人物は知らない。クインには友だちもいなかった。ミステリー作家としての仕事のやりとりも編集者とは手紙のみで、ペンネームで仕事をしていたから本名もわからない。

クインという人物の存在が証明できない。メモには事実しか書かれていないとあるけれど、こんな状況で誰が信用するというのか。

 ・・・

というような話で、物語は透明感があってすごく美しいんだけど、読者としてはクインを間近に感じながら読み進めていたのにページをめくると忽然と存在が消えてしまう。

街なかですごくきれいな人を見かけて二度見したときには、街の風景の一部になってて見失ってしまうみたいなことじゃなくて、読書体験として間近な人の存在が急に消えてしまうというのは強烈なものがあった。

 

同時に、ぼく自身もそれに重ね合わせていつ存在が消えてもおかしくないと思ってしまった。両親はぼくの存在をこれでもかというほど意識してくれているけれど、ぼくのノマドワークは全然そうじゃなかった。

本名で活動してなかったし、ネット上で仕事の積み重ねによる信頼はいくらか獲得していたけれど、それもその積み重ねたプラットフォーム上だけの話でA社では評価が良くてもB社では評価ゼロみたいな状況だった。

もちろん、それはぼくの戦略上のミスというかただ怠惰なことの結果だったわけだけど、ぼくは非常に危機感を覚えた。

もっと社会と関わらないといけない。具体的には、関わるコミュニティの数を増やさないといけない。ぼくという存在を、生きた証を残さないといけない。

最後は少し大げさだけれど、そんなふうに思った。

いろんな人と交流を持って、いろんな人を頼って、借りをつくったり、貸しをつくったりしよう。そうすれば、自分一人では到底たどり着けなかったところにだって行けるかもしれないし、何より人生が豊かになりそうだから。

そういう人生の営みの中に身を投じようと、ぼくは思った。

だって、この小説から都市生活者が抱える孤独がありありと感じられたから。

定年して働かなくてよくなっても、友だちがいないから時間を持て余す、みたいな悲しい未来が想像できてしまったから。