どうしてぼくはこんなところに

されば銘記せよ!人の命は短く、その住まう処は地の狭き片隅なり

「インド行ったら人生観変わるって言いますよね」って言われるのが嫌いだ

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ぼくの初海外は21歳の秋、インドだった。それまで1人で飛行機に乗ったこともなければ、英語もまともに喋れないなかで、乗り換えありの、トランジットもありの1人飛行機で、正直、事前に想定してたより困った。いや、正しい路線かどうかの確証が持てずどきどきしていた。まあ、なんとかなったんだけど。

期せずして個性的だと言われることが多いぼくは、そういう話をすると、いわゆる普通の人からかなりの確率で、「インド行けば人生観変わるって言いますもんね」と言われる。

さも、インドに行ったから個性的になったとばかりに。

そもそも個性的な人がインドに行きがちなだけなんじゃないの?って思ってしまうんだけど、今日はそのことを話したいのではなくて、人生が変わる瞬間、Life Change Experience について。

よく、「あれで、オレ人生変わったなー」なんて会話をしがちなんだけど、ぼくはそれは違うんじゃないかと思う。

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

 

 ↑上記の本の著者、シーナ・アイエンガー先生は著書の中で、「人生は選択の連続で、日々の何気ない選択の度に人生は変わっているのだ」のいうようなことを言っているんだけど、ぼくが言いたいのはまさにそれ。

 たしかに、インドに旅行行きました!っていうのはライフイベントとして目立つんだけど、それは結果に過ぎないんじゃないかと思う。そっちの方向に進むきっかけのようなものがもっと前にあったはずで、それはインド旅行を勧めた友人かもしれないし、カフェで飲んだチャイがおいしかったからかもしれない。そういう小さなことの積み重ねによって、つまりは、そのひとつひとつの小さな過程の集まりがぼくをインドへ向かわせたんだと思う。

実際、インドに行ったというだけで、その前後でぼくが変わったかというと全然そんなことはない。

海外旅行したいなと思い始めてから、こつこつ少ないながらお金を貯めて、予算と滞在日数なんかを色々と考えた結果、インドが選ばれただけで、その次、お金が貯まったらまた海外旅行に行くことはほぼ決まっていた。だから、「インド行って海外旅行にハマった」というのは大きな間違いなのだ。実際、インド旅行から帰ってきたときの素直な感想は、「お金持ってなかったら誰にも相手されずにすぐ死ぬ」だった。それだけ。ほんとに。

こんなことを言っておきながらなんなんだけど、人生が変わる瞬間、Life Change Experienceっていうのを 明確に意識した時っていうのは、たしかにあって、それは旅を通してというわけではなくて、1冊の本だった。

大人げない大人になれ!

大人げない大人になれ!

 

 

日本マイクロソフトの社長を勤めた後、投資会社やらいろいろ立ち上げた、本好きの人が著者なんだけど、内容は簡単にざっくり言うと「そんなに我慢する必要はなくて、滅茶苦茶でも大丈夫。好きなことを好きなだけやればええんやで」という感じなんだけど、端的に当時20歳で、絶えず周りの目を気にしてレールから外れないように、ステレオタイプの中で生きないといけないと思いこんでいたぼくにはかなりの衝撃だった。

「それでいいんだ。必ずしもちゃんとする必要はないんだ」と解釈した。

自分に素直に、正直に。やりたくないこと、おもしろくなさそうなことはやらないことにした。しょうもないいつも同じことの繰り返しのサークルの飲み会や、誰と誰が付き合った、別れただののゴシップも興味なくなった。

おかげで交友関係はかなり狭まってしまって、基本的に友だちいないということになってしまったけれど、ちょっと連絡取らないだけで途切れてしまう友情なんてしがらみしか生まないと思い至ったので気にならなくなった。

 逆に、たまにしか連絡を取らなくても交友関係が続いてる人たちとは今でも交流があるから、早晩消えてしまうような交友に労力を割かなくて良かったと思っている。

そんなわけで、間違いなくいまぼくの考え方、人生に多大な影響を与えた本の1つだ。

けれど、それでもやはり、この1冊で人生が変わったかと問われると素直にYESとは言えない。たしかにそうなんだけどね。

ぼくはこの本をかなりの数の人に勧めてきたけれど、「あの人変わったな」と思う人はゼロだ。そもそもきちんと読んでくれた人も片手で数える人程度しかいない。

なにが言いたいかというと、その内容というか著者の考え方、価値観を受け入れる素地がないと心に全く響かない、影響を与えないから。

つまり、突飛な考え方を受け入れるための選択を事前にいくつか経ていないといけないわけで、ぼくにとって衝撃的だったその本もインド旅行と同様、ライフイベントとしては目立つけれど、大きな流れの中の1つの結果に過ぎない。最後のひと押しにはなったのだろうけれど。

ほんとの大きな変化は、読書をしないといけないと思い始めたころだと思うんだけど、なぜ「読書しないと」とそれまでまったくと言っていいほど本を読まなかったぼくが本を読み出したのかは、ざんねんながらもう覚えていない。

 

なんやかんやと書き連ねてきたけれど、ぼくが言いたいのは、

それだけじゃないから!

ってこと。