先日、とある懇親会で同世代の営業職の人から、ただの愚痴なんですけどね、と付け加えつつ、営業ってバカにならないといけないときってあるじゃないですかという話を始めた。
酔いがまわって話があっちこっちに飛んでいく彼の話をまとめると、要は1年目の後輩の女の子が接待を理解してくれず、場を盛り下げてしまうのだそうだ。
いまの世の中は、男女平等だモラハラ、パワハラ、セクハラだなんだ旧来の男性中心社会の人たちにとってはいたるところに地雷があって、非常に気を遣うところだと思う。
誤解のないように言っておくが、彼は女性だからお酌をしろとか、そういうことを言っているのではない。その場の1番の下っ端としてグラスが空けば注ぎ、次何を飲むか伺えと言っているのだ。
上場企業の新卒1年目で、まだ顧客との接待に同席なんてしないのだけれど、それまでの過程として社内でチームや先輩たち食事に行き、「練習」して備えておくそうなのだけど、その練習の場で彼女は断ってしまうのだそうだ。
カラオケに行っても、歌いなさいといわれても「そういうのは無理なので」と拒否してしまう。
無理強いするわけにもいかず、しかりつけて辞められてしまっても困るから彼は結構参っているようだった。
正直、どっちの言い分もある程度理解できる。
が、彼女の方が現実を理解していないのが痛いなと言わざるを得ない。
営業という仕事を理解していないんじゃないかな。
上場企業といういわば一流企業の営業職ということで、華やかでカッコイイ仕事だと勘違いしているんじゃないかな。そういう意識があるから、場合分けができなくて、カラオケで盛り上げるとかペコペコしたりするのを、みっともないとか古い営業の仕方みたいなふうにみて、ちょっと蔑んでるんじゃないかな。
↑ この記事でも少し書いたけれど、営業というのは注文を取ってくるのが仕事で、売り上げによってい評価されるものだ。
さっきの、接待の席で気を遣うとか、カラオケで歌って盛り上げるなんていうのも、すべては注文をもらうためで、あくまで営業のひとつの手段だ。法人営業だろうがなんだろうが、営業職が営業をかけるのは人間で、その人間にどう取り入るかが勝負になってくる。その人間にいかに信頼されるか、好感を持ってもらうか、注文させるかの手段の一つとして接待も行うわけだ。
だから、相手に合わせて強かに振舞わなければならない。
傍から見てみっともないと思うようなこともあるかもしれない。自分のプライドが許さないみたいなこともあるかもしれない。
もちろん、なんでも過剰はいけないけれど、カラオケで相手の年齢から類推して盛り上げりそうな曲を数曲歌ったり、宴会芸でちょっとしたバカをやる程度で、数百万円の注文が来るのなら全然割に合うように思うのだけれど。
そういう泥臭さなしで、注文が来るなら全然問題はない。
競合他社より品質が抜群に良いとか、そもそも競合がいない独占市場だとか、安くて高品質で他社の追随を許さないだとか。そういうものを売っているのなら、たいした営業しなくても勝手に売れていくだろうけれど、たいてい競合はいるし、性能も値段も変わらない。
となると、営業力が大事になってくるわけで、営業力はなにかと言うと需要を見つけて、適切なタイミングで売り込んで注文を取ってくること。
こう書くとかっこいいけれど、実際の人間を相手にすると、あまりよく知らない人には「こういうのできない?」「〇〇で困ってるんだよね」みたいなことは言わない。そういう気軽な小話とも相談とも取れる潜在的な需要を引き出すのにも、そこに至るまでの相手との信頼関係が大事になってくる。
じゃあ信頼関係って何よ?って話になってくるんだけど、それは単純接触効果みたいにどれだけ相手と会ったか話したか、お堅い仕事の話以外に雑談で個人の人間性をみせたかみたいなところが重要になってくるんじゃないかと思う。
だから、
個人の考え方として、クールに仕事をこなすエリート像を持つのは大いに結構。その自己実現に向けて試行錯誤を繰り返すのも良い。
けれど、ペーペーで実力もコネもないのなら、(ましてや保守的な業界に来てしまったのだから)内面でシラけつつも表面上は相手に合わせて多少バカに振舞うというのも大事なことだろうと思う。少なくとも先輩たちがその方法で一定の成果を上げているのなら。
己の承認欲求は、注文が来たときの社内からの視線で満たす程度に留めておいた方が、良いと個人的に思っている。謙虚にね。プライドが高いと取っつきにくいし、自慢話は嫌われる傾向にある。
それに、いわゆるすごい人になれば周りが勝手に噂するようなる。
その方がかっこよいと思うのだけど、どうだろう。